ロバート・デニーロにとってのホテルビジネス

(C)YANGSEN

ヤンセンです。

 サッカー選手でホテルビジネスやる人はけっこう多いという話はロナウド選手の記事のときに書いたけれど、俳優で実はホテルオーナーでもあるという人も多い。たいていが自分の趣味と実益を兼ねて一軒ばかりホテルを持っているってケースだけど、なかにはビジネスとして本格的に取り組んでいる映画スターもいる。
 そのひとりが、ロバート・デニーロ、77才。
 二度アカデミー賞を受賞したハリウッドを代表する俳優のひとりだ。
 そして、バリバリの現役のホテリエでもある。
 ニューヨークのトライベッカにグリニッジ・ホテル客室数88室を所有しているのはよく知られているが、それとは別に、寿司職人だった松久信幸氏と共同オーナーでノブ・ホテルズというグローバル・ホテルチェーンも展開している。
 デニーロほどの超有名人だったら、自分の名前を前面に出したホテル展開しても良さそうに思えるけど、彼は自分は一歩さがって黒子に徹してる形をとり、ノブを表に立てる展開を選んだ。
 その理由は … 今回、イラストを描くので二人のツーショット写真を見てよくわかったね。
 まず、デニーロという人は非常に頭がいい人。そんじょそこらの人ではかなわない。
 そして、二枚も三枚も、いやもっとかな、何枚もの “衣” を被った “奥の間” をもった人だ。
海千山千のジャーナリストたちも簡単に手玉に取られているようだ。彼がインタビューなんかで答えた言葉をもとにして、デニーロっていうのはシャイだとか、あーだこーだと評しているけれど、そんなのはどれも彼がこう書いてほしいと思うことを書かされているだけじゃないかな、と僕は思う。とにかく人を煙に巻くのがうまい男だ。
 デニーロノブの関係をひと言で言うと、「中身」と「包装紙」の関係
中身、つまり考えているのはすべてデニーロで、ノブは自分の位置どりや役割をよーくわかった上で、それを演じているだけ。まあ、あうんの呼吸だろうけどね。その点、ノブも身のほどわかった頭がいい人だ。
 デニーロノブの出会いは、寿司職人だったノブがビバリーヒルズで出したジャパニーズレストラン「MATSUHISA」に客としてデニーロが訪れたことだったと言われている。店の常連客になったデニーロノブにレストランの共同経営を持ちかけ、ニューヨーク、ミラノ、ロンドンなど世界各地で展開するレストランチェーン「NOBU」をまず成功させた。
 そして、「NOBU」の出店先の多くが高級ホテルであることに目をつけたデニーロ「NOBU」のブランド力を使ってのホテルビジネスを考えた。ノブ・ホテルズを展開しているノブ・ホスピタリティーには映画プロデューサーのマイアー・テパー氏も共同経営者として加わっている。
 ノブ・ホテルズは現在、ロンドンやバルセロナなど世界各地で13軒のホテルを展開中で、マラケシュ、テルアビブなどでも7軒のホテルが開業準備中だ(レストランは47軒展開中)。カリフォルニアのマリブで開業した旅館スタイルのノブ・リョカン・マリブはオラクル創業者で最近はホテリエとしても熱心なラリー・エリソンと組んだホテルだ。

元妻の訴えで明らかになったコロナ下のデニーロの財政悪化

 さて、ずっと好調と言われてきたデニーロのホテルビジネスだが、実は、コロナの影響でかなりの打撃を受けていることがわかったのは、妻との離婚裁判を通してだった。2018年から離婚係争中の妻のクレジットカードの利用限度額をデニーロが財政悪化を理由に半額にしたところ、これに断固納得しない妻がこれまで同様に生活費として月額10万ドル(約1,100万円)の限度額に戻すよう法廷に緊急命令を求めた。それにより争いの内容が公になった。
 デニーロと20年間の結婚生活を送り、息子をひとりもうけた妻はアフリカ系アメリカ人の女優グレイス・ハイタワーだが、そもそも離婚裁判がこれほどまでに長引いている原因は、資産総額5億ドル(約550億円)といわれるデニーロの財産分与問題が妻の合意というか納得をみないこと、ようするにカネの問題。どこもみんなカネがからむと問題はむずかしくなるね。
 今回の調停にはデニーロもリモート出廷したそうだけど、コロナの影響で自分が出資しているレストランチェーン「Nobu」と「グリニッジホテル」などが営業停止や営業縮小になり、「Nobu」だけでも4月に300万ドル(約3億3,000万円)、5月には187万ドル(約2億円)の損失が見込まれるなど財政悪化しているため、妻のクレジットカードの利用限度額を半額にせざるを得なかったと主張したそうだ。なんせホテル界はいまどこも大変だからね。デニーロのところもマジで懐事情は厳しいと思う。
 でも、なんとかがんばってほしいね。
 I’m watching you! 見張ってるよ!
 って言ったら、こんなセリフが返ってきそう・・・
You talkin’ to me?
なんか用か?

*どっちも彼の映画の名セリフなんだけど、「I’m watching you!」はコロナ下のニューヨーク市民に向け、みんな大切な人を守るためにマスクするとか規則を守ろうよ!とデニーロが語ったビデオの最後で決めセリフとして言って大いに受けてたやつ。

ハイアットってどんなホテルブランド?<後編>

ハイアット創業者 ジェイ・プリツカー   (C)Yangsen

 ヤンセンです。
 前編の続きです。

 実はハイアットっていう会社、2009年に株式公開するまでいわゆる非公開会社だった。どういうことかというと、ようは勝手に株の売買や譲渡ができない会社。知らないうちに株を買われて乗っ取られたり、経営支配権を奪われたりといったリスクを避けるために、あえて上場せず非公開にしている有名企業もけっこうある。日本でもサントリーなんかがそうだ。ハイアットの場合、オーナーのプリツカー家が銀行も持っているアメリカ有数のリッチ・ファミリーだったから可能だったということもあるけどね。
 プリツカー一族について少し触れておくと、ハイアット創業者のジェイ・プリツカー氏の祖父母は、1880年代にロシアや中欧で多発した「ポグロム」と呼ばれる反ユダヤの「焼き討ち」を逃れ、1881年にウクライナ・キエフからアメリカ・シカゴに移住したユダヤ系ウクライナ人移民。祖父はアメリカで弁護士となり、その三人の息子たちも後を継いで兄弟で法律事務所を営んでいたが、ジェイ・プリツカー氏の父が不動産会社を起こし、シカゴを中心に不動産投資で成功した。彼の兄弟たちも事業を起こして成功。そのひとりロバートのコングロマリット企業 マーモン・グループはのちに有名投資家のウォーレン・バフェット氏が買って話題になった。
 というわけで、プリツカー家は移民して第三世代目の時代にアメリカ有数の富豪一族となった。
 さて、1980年のパークハイアットグランドハイアットの2つのブランド登場以降、ハイアット・リージェンシーも加えた3ブランド体制でずっとやってきたハイアットだったが、「ハイアットのお家騒動」と世に言われる骨肉の争いが表面化したのは、2003年のことだった。
 原因はいろいろ言われているけれど、結局はカネ。会社が非上場会社なので、どんなに株を持っていても配当金としてしかカネは入ってこない。しかも勝手に売り買いすることもできない。『オレは今、カネが欲しいんだ! もし、上場したらオレはスゴイ金額を手にできるのに、なぜやらないんだ!』という不満がプリツカー家 第四世代目たちの間でふつふつと大きくなっていた。
 時代がそういう時代でもあった。2003年といえば、春にイラク戦争が終わり、アメリカ経済はいちはやく回復。ヨーロッパでは景気停滞、アジアはSARSの流行で景気が落ち込むのを横目に、アメリカの一人勝ち状態で株価は右上がりだった。誰々の会社が上場して巨額のカネを手にした、なんていう話がアメリカでもそこここであった時代。そう、アメリカのバブルの時代。
 ホテル界では、世紀の変わり目の頃からファッション・ブランドのホテルビジネス参入がはじまっていたが、この頃はなだれを打つように続々とブランド名をホテル名にしたホテルが世界各地に登場していた。ヴェルサーチブルガリアルマーニ、そして、LVMH。同時にかつてスターウッドが「かけ算」の論理をホテル界に持ちこんだと言われたファンドがホテル界を席巻し、 “デリバティブ的発想” によりホテル界の構造的な組み替えが行われようとしていた時だった。
 つまり、カネと頭の使いようで、手持ちの資金を何倍どころか何百倍にも何千倍にも増やすことが可能という機運に満ちていた。そんな時代、なまじカネのなる木を持っておとなしくしていられる人は珍しいだろう。人間だもの・・・。
 なんせカネを巡る争いなもんで、みんなガチで挑み、すったもんだがありましたの結果、ハイアット家の11人(離婚された後妻の子も含めて13人の説もある)の第四世代の相続者たちは一人当たり約13億5千万ドル(当時のレートで約1,330億円)ずつ手に入れた。
 そして、2009年、創業以来、非公開会社だったハイアットは上場して公開企業となった。
 ハイアットのブランドがわかりにくくなったのは、ここからだった。

ハイアットのホテルブランド、迷走の歴史

 以下、ハイアットのホテルブランドの歴史をいちおう書いておくと、

2006年 ハイアット・プレイス登場。長期滞在ホテルブランド、サマーフィールド スイー ツを買収し、「ハイアット サマーフィールド スイーツ」にリブランド。
2007年 ロンドンにANdAZ登場。
2012年 ハイアット・サマーフィールド・スイーツがハイアット・ハウスにリブランド。
2013年 オール・インクルッシブ・リゾートハイアット・ジーヴァ&ハイアット・ジラーラ登場。
2015年 ライフスタイルホテルブランドハイアット・セントリック登場。
2016年 ジ・アンバウンド・コレクション・バイ・ハイアット登場。
2018年 「アリラ」と「トンプソン・ホテルズ」を買収した結果、新しいホテルブランドとしてアリラ」「デスティネーション・バイ・ハイアット」「jdv バイ・ハイアット」「トンプソン・ホテルズが加わる。
2019年 パーソナル・コネクションをインスパイアするライフスタイル・ブランドとしてキャプション・バイ・ハイアットUrCoveが加わる。「UrCove」は、BTG Homeinns Hotels Group とのジョイント・ベンチャーで、中国人のフリクエント・トラベラーの増加に伴い拡大しつつある中国の高級ホテルマーケット向けのブランド。

 現在、ハイアット傘下のホテルブランドの数は18あり、それを以下の3つのグループに仕分けしている。

「タイムレス・ポートフォリオ」… ハイアットのクラシック・ブランド
「バウンドレス・ポートフォリオ」… ライフスタイル・ブランド
「インデペンデント・コレクションズ」… ソフトブランディッドな独立系
 
 ・・・なんだそうだ、ハイアット側が言うには、ね。
 しかし、ユーザー側から見ると、どういう基準で分けたのかぜんぜんよくわからん、というのが正直なところ。以前ならば、パッと見て、あ、ここはハイアット系だなとわかったんだけど、今では言われないとわからないホテルブランドも多い。各ホテルブランド間での棲み分けや、ブランドの個性というものも、よくわからなくなってきているし。
 これだとそもそもブランドの意味がない、っていうのが今の現状だ、と僕は思うんだけどね。

いま中国のホテル界、どうなってる?

ユーラン・グループ創業者&CEOのジャスティン・K・F・マ氏 (c)Yangsen

ヤンセンです。

 最近、中国をめぐる国際事情がいろいろ緊迫気味だけど、世界各地ではさまざまな分野に中国資本が侵出している。それはホテル界も同じで、気がつけば、そこもここもみんな中国資本って感じになってきている。そんなわけで、今回は、いまの中国のホテル界事情がどうなってるか、みてみたい。
 中国の場合、いわゆる個人が起業した私企業と国営企業のふたつがある。
 まず、私企業の場合だが、中国というお国柄、彗星のごとく登場してわが世を謳歌したと思ったら舞台は一転して暗転、一寸先は闇という例がやたらと多い。
 ウォルドルフ=アストリア・ホテルの今でも書いたけど、アメリカの名門ホテルを次々に買収し、ニューヨークの「ウォルドルフ=アストリア・ホテル」まで手に入れたのに、ある日突然、ぜんぶ国に取り上げられ、挙げ句の果てに逮捕されたのは、安邦保険集団の呉小暉氏ことミスター・ウー。彼の場合、そもそも成り上がる過程で使ってきた「この印籠が見えぬかぁ〜」という黄門様の印籠は、妻が鄧小平の孫娘だということだったが、権力闘争の構図が変わったことで最終的に逆にマイナスに働くことになってしまったケース。
 そして、かつてヒルトンの25%の株式を取得して一躍世界のホテル界にその名を知らしめた海南省を拠点としていた海航集団(HNA)の場合も、2017年にはフォーチュン・グローバル500リストの170位にランク入りして世界各地でホテルチェーンの買収話となると常に名前が挙がっていたのだが、2018年、共同創業者&会長の王健氏が、南仏を旅行中、謎の事故死を遂げ、今年の1月には破綻した・・・。
 とりあえずなんだかんだとサバイバルしているのは、中国の『ホテル王』と呼ばれる男でも書いた、ホワズー・グループ(華住集団有限公司)の創業者&CEO、JI Qi 季琦氏。同グループは中国国内の350以上の都市で3,000軒を超えるホテルを所有経営しており、世界第12位の規模。季琦氏も、2020年のフォーブス誌の「チャイナ・リッチ・リスト」で178位にランクイン。彼みたいな完全なセルフメイドマンってのはやっぱり中国でも珍しいね。まあ、ジャック・マーの例もあるし、あまり突出しないよう目立たないように努めてきたようだけれど、さて、これからどうなるかってとこだね。
 次に、国営企業グループ。
 いま中国最大のホテルグループと言われているのは、上海に拠点を置く錦江(ジンジャン)インターナショナル。上海の名門ホテル錦江飯店和平飯店(フェアモント・ピース・ホテルのオーナーでもあるけど、この会社は2003年に上海市人民政府が設立した国有企業。上海は中国のなかでも特殊な存在で、特別行政区として大きな自治権を持ち、他の省より格上。長い間、江沢民氏の支配下にあったけれど、昨年7月、上海市のトップについたのは習近平国家主席の側近で「習軍団」のメンバーと言われる李強氏。上海の勢力図がこれで大きく変わったと言われている。
 中国という国は、ちょっと外から見ているだけではわかりにくいんだよね。まず、中国という国の “利権” を握っているのは次の3つだってことがわかってないと、いろいろなことが理解できない。
 まず、「党」(共産党)。
 次に、「軍」。
 そして、「省」というほかの国でいえば「国」のような大きな力を持つ地方の自治体と、上海のような特別行政区。
 これらの3つで利権を分け合っているのが中国の現状だ。
 上海のあるホテルで「このホテルのオーナーはどこ?」って聞いたら、「軍です」って返事が返ってきたことがあるけれど、まあ、オーナーである「軍」にとってそのホテルは外郭団体のようなものだね。
 「錦江(ジンジャン)インターナショナル」が、どこと(誰と)どうつながっているのかはよくわからないけど、ここ数年、海外のホテルグループを次々と買収してきている。2015年にフランスのルーブル・ホテルズ・グループをアメリカのスターウッド・キャピタル・グループから12億1千万ユーロ(約1,600億円)で買収。同年9月にはキーストーン・ロッジング・ホールディングス、2019年にはラディソン・ホテル・グループを買収。フランスのアコー・グループにも投資している。
 そんななかで、まだ粒は小さいながら若手のホテリエたちも登場してきている。そのひとつが、香港を拠点にするユーラン・グループ。創業者のジャスティン・K・F・マ氏は、英国の全寮寄宿学校を卒業した後、アメリカのサンフランシスコ大学でホスピタリティー・ビジネスを学び、建築に興味があったのを生かしてホテル会社を起業した。今月、香港にフラッグシップホテルとなるジ・アクラ・ホテルを開業した。
 中国本土でも、彼のように欧米に留学し、海外経験も豊富で、建築やデザインに興味がある若者たちがホテル界に参入してきている。まだ大きな勢力になるには至っていないが、インドのOYOリテシュ・アガワル氏がそうだったように、そろそろ若い力が世界のホテル界に躍り出てくるのではないかと僕は期待している。
 僕がはじめて中国に行ったのは1987年の夏。天安門事件が起きる2年前で、中国が開放政策をどんどん進めていた頃だった。北京では中国で初めての外資系ホテルという「ホリデイイン北京」に泊まり、このホテルの中だけは白人ゲストばかりでまるで租界のようだったが、上海で泊まった「和平飯店」「錦江飯店」は老朽化したままあちこちに埃がたまっているような状態だった。その後、訪れる度に中国のホテル事情は大きく変わって行ったが、同時に、世界各地の街角で出会う若い中国人旅行客たちも変わってきた。外の世界を知った彼らがこれから中国のホテルをどう変えていくのか、楽しみだ。

ベッカム家も訪れた「アマン・スヴェティ・ステファン」がなくなる?

(C)Yangsen

 ヨーロッパではそろそろヴァカンスの季節。ワクチンのおかげで各国の観光再開もすすんでいるらしい。友だちからは「今年はスペインにした!」とか「ギリシャへ行ってくるよ!」とか、サングラスやビーチパラソルの絵文字なんかを使ったメッセージが続々と届いている。
 そこに、1通の暗いメッセージが届いた。ドクロマーク付き・・・いったい、どした?!
 「アマン・スヴェティ・ステファン、予約入れようとしたら、今年の夏はオープンしないってサ。アマンからのメールには『5月24日からクローズしている。この夏はオープンしない。我々がコントロールできない事情によるもので、アマンはホテル運営ができないことになった。我々スタッフもショックを受けている。もし来てもらっても安全の保証ができない』なーんて書いてあったよ」
 さっそく、アマンリゾーツの公式サイトを見てみた。
ん? 今までどおり出てるじゃん。クローズしてるとか、今夏はオープンしないとか、そんなことはなんにも書いてない・・・。
 どしたんだろ?
 アマンがあるスヴェティ・ステファン島っていうのは、旧ユーゴ時代に外貨稼ぎのために開発された高級リゾートで、開業は1960年。日本ではまだリゾートなんていう言葉が一般的ではなかった時代だ。
 僕が初めて行ったのは1980年代の終わりだから開業して30年くらい経った頃だったけど、独特のアンビアンスが漂う不思議なリゾートだったね。島まるごと、かつての漁村のままのつくりを生かしてホテルにしていて、客室はその昔、誰かの住居だったり、店だったりしたところだから、レイアウトとかも変わってて、それがまたユニークでおもしろかった。
 で、ゲストたちがまた一種独特の雰囲気。まず、みんな静か。あまりしゃべる人もいない。部屋の前の椅子に座って空を見上げたまま静止画のようにずっと動かない人なんかもいたね。なんというか、心身のデトックスしに来ているって感じだったね。
 もともとは15世紀にアドリア海に出没する海賊の侵略を防ぐための要塞としてつくられた島なんだけど、その後、漁村になっていたのを、海に囲まれた要塞のつくりを生かして「プライバシーを売る」セレブ向けの超高級リゾートにした。それがパパラッチに追われて普通のリゾートだとくつろげないセレブとか政財界人たちに受けて、知る人ぞ知る隠れ家リゾートとなったってわけ。ソフィア・ローレンなんかは大いに気に入って毎年リピートしていた。
 僕が特におもしろかったのは、島の突端にあった”定価がないヴィラ”。とりたてて豪華でもないシンプルなつくりのヴィラなんだけど、料金表には「お客様のご希望により料金を決めさせていただきます」とあるんだ。どの程度のプライバシーとセキュリティー、サービスを求めるのか、ゲストのご要望に応じてオーダーメイドでサービスをご提供します、というシステム。なかには「誰とも口をききたくないので、挨拶もしないでくれ。絶対に話しかけないでくれ」なんていうリクエストのゲストもいたそうだ。

(C)Yangsen

 そんなホテルがアマンにリブランドしたのは、2011年のことだった。あの独特な感じはアマンになるとなくなっちゃうんだろうなぁって思ってちょっとさびしかったな。
 アマンになってからは、いまどきの「プライバシーを売りたい」セレブたちがこぞって訪れた。テニスのジョコビッチ選手が結婚式を挙げたり、ブラッド・ピッドやアンジェリーナ・ジョリーなんかも来てたね。 
 数年前には、ベッカム家も家族そろってここでヴァカンスを過ごしてた。ベッカム家といえば、プライベートジェットを使って年に何度か6人家族全員そろって世界各地の高級リゾートでヴァカンスを過ごすので有名。エルトン・ジョンのクルーザーに乗って一緒に南仏をクルージングしたり、マイアミ、南イタリア、ギリシャ、モルディブ、カリブ海のタークス&カイコスなど、世界各地のリゾートを巡っている。アジアではインドネシアのスンバ島ニヒ・スンバ なんかにも行ってたね。

今いったいどうなっちゃってるの?


 って、ことで、ちょっと調べてみた。
 モンテネグロの地元紙をチェックしていたら、日刊紙 「Vijesti」がアマンについて記事を書いていた。今年の5月18日付の記事で、アマンの従業員たちが休暇を取るように言われているということを耳にした同紙の記者の取材に対して、従業員たちがこう答えている。
【5月17日の社内ミーティングで、この夏、ホテルはオープンしないと言い渡され、社員契約も打ち切られる予定だから、みんな新しい仕事を探すようにって言われた】
 そこで記者がスヴェティ・ステファン島の借主であるアドリアティック・プロパティーズのエグゼクティブ・ディレクター氏に電話するも、電話に出てくれないし、メッセージを残しても一切返答がないんだそう。ん、世の中みんな、答えたくないときは電話に出ないものだ。
 4月末の段階ですでに兆しはあったらしい。同国のミロ・ジュカノヴィッチ大統領が「アマンはモンテネグロを去ってよし!」というコメントを出したんだそう。
 その理由は、アマンはスヴェティ・ステファン島の美しいビーチをホテルゲストしか利用できないようにし、過去10年あまり、地元住民は美しいビーチに入ることすらできなかった。さらに、島の住人たちが勝手にフェンスを解体して環境を破壊したり、不法に開発したりした、と。
 うーん、なんか匂うね、突然そんなこといい出して。
 で、このミロ・ジュカノヴィッチ大統領って、いろいろ疑惑ありの人でね。”彼が指揮するグループ” がアドリア海を渡ってイタリアへタバコを密輸していたっていうんで、イタリアの最高裁が、「彼はマフィアの指導者である」として逮捕命令を出した。ところが、モンテネグロではこの訴訟が保留になった。それで、アムネスティからも「かの国では司法が麻痺してる」と問題化された・・・っていう、まあ、そんな人。
 そもそも、島の借主であるアドリアティック・プロパティーズってどんな会社? 
 ってことで調べてみたら、モンテネグロ人に帰化したギリシャのビジネスマン、ペトロス・スタティス氏がオーナー。この人、バルカンを舞台に不動産投資やホテルビジネス、金融、メディア、テクノロジー、食品業、とまあ、あらゆるところに手を出している投資家で企業家らしい。で、彼の会社であるアドリアティック・プロパティーズ社が、2007年に州のホテル会社 HG Budvanska rivijera と スヴェティ・ステファン島を40年間リースする契約を結んだ。
 このペトロス・スタティス氏とミロ・ジュカノヴィッチ大統領との間でなんか問題でもあったんだろか。記事によると【ミロ・ジュカノヴィッチ大統領とスタティス氏はタメ口をきく親しい仲】だったらしいけど。金の切れ目は縁の切れ目だし、昨日の友は今日の敵だし。
 実は、去年の8月、モンテネグロは旧ユーゴからの独立後はじめて、史上初の選挙による政権交代を実現したのだけど、その船出は困難をきわめ、新生連立政権も揺れている。
 そんな状況のなかで、アマンが政争に使われたのか、なんかとばっちりを受けたのか、なんなのか、真相はわからない。
 けれど、はっきりしていることは、アマン・スヴェティ・ステファンが5月24日からクローズしており、今年はオープンしないってこと。
 アマンのオーナーのウラジミール・ドローニン氏、どうするのかな?

サッカーのロナウド選手は、ホテルチェーンのオーナー

(C)Yangsen

 ヤンセンです。

 クリスティアーノ・ロナウド・ドス・サントス・アヴェイロ。
 って、長ーい本名でいうと誰だかわかんないけど、サッカーのロナウド選手のことね。
 彼がオーナーのホテルが、今日、マドリッドでソフトオープンした。
 ペスタナ CR7 グラン・ヴィア・マドリッドっていう名前で、元は老舗書店だった9階建の建物を買い取り、ホテルに改装したコンバージョンホテル。360度の眺望が開けたルーフトップバーや、サッカーの試合なんかをみんなで一緒に観戦して盛り上がれる「スポーツバー」があり、ロナウド自らユーチューブのホテルのPR動画に出て宣伝してる。
 実はロナウド、このホテル一軒だけではなく、ホテルチェーンのオーナー。
 ロナウドっていっても日本ではサッカーファンは別にして、一般にはベッカムとかメッシほどには知られてないようだけど、ヨーロッパでは絶大な人気を誇っていて、彼がドリブルで鮮やかなフェイントを見せる度、シュートを成功させる度、アナウンサーはひとこと、こう絶叫する。
ロォ ナァーウ ドォーーーーーっ!」
 ほかに何にも言わない。
 とにかく、もう圧倒的な存在なんだよね。インスタのフォロワーは2億人を超え、世界で最も多くのフォロワーを持っている男でもある。ただいま36才、男盛り。
 ロナウドは、アフリカの北西沖に浮かぶポルトガル領マディラ島生まれのポルトガル人で、サッカーのポルトガル代表で主将。ポジションはフォワード。サッカー史上最多得点記録保持者で歴代最多優勝回数を経験。さらに、史上最もたくさんのサッカーユニフォームを売り上げた選手(2位はベッカムね)。と、もう、大記録の連発で、サッカー界では押しも押されぬトップに君臨する選手だ。
 この男、サッカー史上最高の選手といわれるほどの逸材なんだけど、実はビジネスマンとしてもなかなかの才能をもち、手腕を発揮していることでも知られている。
 2020年にはサッカー選手として初めて生涯収入が10億ドル(約1,090億円)を超え、その資産をしっかりと投資しているらしい。彼がまず手がけたのが、知名度を生かした自身の愛称「CR7」のブランド化。2013年からアンダーウェア、衣料品、香水、靴などでビジネス展開している。
 そんな彼がホテル界にはじめて進出したのは、今から5年前の2016年のことだった。
 「ホテルビジネスにはかなり前から関心を持っていたんだ」
 とその際、メディアのインタビューで語っている。
 現在、彼の故郷であるマディラ島フンシャルとポルトガルの首都リスボンにCR7 ライフスタイルホテルブランドのホテルを持ち、そして、今日新たに3軒めとしてスペインの首都マドリッドのホテルが加わった。彼のホテルは、若い層をターゲットとしたライフスタイルホテルで価格帯は10,000円から20,000円程度とお手頃価格。
 ホテルビジネスをやるにあたって彼が組んだ相手は、ポルトガルの大手ホテルチェーン、ペスタナ・ホテル・グループ。50%ずつ出資しあう共同事業で、4軒のホテルで7,500万ユーロ(約1,000億円)規模の投資なんだそう。ん、ってことは、ロナウドは500億円の投資をしたってことだね。
 余談だけど、ペスタナ・ホテル・グループの創業者マニュエル・ペスタナ氏もまた、ロナウドと同じマディラ島で生まれ育った人。この人、いわゆる典型的なセルフメイドマンで、満足に学業も受けられない子だくさんの貧しい家庭で育ち、26才で故郷での将来に見切りをつけて南アフリカに渡って農園労働者からスタートし、苦労して貯めた金で八百屋を買い取り、少しずつ事業を広げ、1972年にマディラ島に第一号ホテルをつくって故郷に錦を飾った。 
 ロナウドは1985年生まれだから、彼にとっては地元のペスタナ・ホテルはなじみある名前だったんだろうね。
 「CR7 ライフスタイルホテル」ブランドの第一号ホテルとしてロナウドの故郷に開業したペスタナ CR7 フンシャル客室数49室は、若い層をターゲットとしたライフスタイルホテルで、宿泊料は実勢で104ユーロ程度。地元のヒーローであるロナウドのメダルやカップを飾ってある展示室もある。ロナウド自身のこだわりがみえるのは、この規模ながらプライベート・トレーナーも置いているフィットネスジム。ロナウドって、体作りにはものすごく気を使ってるからね。
 ポルトガルの首都リスボンに開業したCR7 リスボン客室数82室では、集客のための”ロナウド使い”はよりはっきりして、かなり露骨。外壁やエレベーター内でロナウドの姿が映し出されるのみならず、バスルームの鏡にもロナウドの顔があらわれたりする。女性客はいい男とツーショットみたいで喜ぶかもしんないけど、こんなハンサムな男と自分の顔を並べるのって、男はイヤだと思うけどね。あ、それからね、カーペットの足型模様も、ロナウドの足型だってサ。もう、ロナウド使いまくり。
 4軒目はニューヨークのタイムズスクエア、その次はモロッコのマラケシュにも開業する計画で、ホテル数ももっともっと増やしてワールドワイドなホテルチェーンに育てたいらしい。

ところで、サッカー選手ってなんでホテルやりたがるの?

 日本のサッカー選手でも本田圭佑選手なんかがホテルやりたいって言ってるらしいけど、サッカー選手でホテルやりたいっていう人、結構いる。でも、野球選手でホテルやりたいっていう人、聞いたことがない。
 サッカー選手って、スポーツ選手のなかでも異質というか、ぜんぜん違う人種なんだよね。一見、チームで戦っているから「組織」の人間のように見られるんだけど、実はそのまったく逆。「個」のスポーツなんだよね。圧倒的に個人のパフォーマンス、自由度が高い。
 それとね、サッカーの世界って、トップクラスになるとグローバルで国境がない世界に生きている。移籍のシステムができていて、ものすごく流動性が高い世界だから、選手たちは国境を越えて、より自分が活かせる好条件のところにどんどん移る。そういう世界で生きてきて、しかも試合で世界各地を転戦して、しょっちゅう移動しているから、ホテルは肌感覚でよく知っている。だから、ホテルビジネスっていっても、違和感なく自然に入っていけるんだろうね。
 むかし、日本にもハットトリックを達成し傑出したフォワードとしてオリンピックに出場できたのに、それを捨て、プロになりたい一心でひとりドイツに渡った尾崎加寿夫というサッカー選手がいたんだけど、当時日本ではなんでオリンピックに出ないんだ!非国民!と大いに叩かれてね。彼の理解者はほとんどいなかった。「国境を越えるプロフェッショナル」という本の執筆のための取材で彼に会いにビーレフェルトまで行ったことがあるんだけど、そんな日本では個人主義者に見られた彼についてコーチがただひとこと言ったのは、「彼はなぜシュートを打たないんだ?(フォワードなのに)」。いくらアシストでいいプレイをしようと、シュートを打たない点を入れないフォワードはまったく評価されないのが欧州サッカーの世界。結局、あの尾崎ですら、ダメだった。
 だからロナウドのように、オレなんだ、オレ、オレ、オレだよ!と自分を強烈に出して、全部、個、個、個、個、な人間でないとトップは張れない。
 ロナウドってまだ36才、才能も金もエネルギーもありあまってるんだから、ホテル界でもどんどんやって強烈な新しい風を吹かせてよ。ホテルって、君の純度の高い「個」の世界、男のロマンを実現できる場なんだから。