いま中国のホテル界、どうなってる?

ユーラン・グループ創業者&CEOのジャスティン・K・F・マ氏 (c)Yangsen

 ヤンセンです。

 最近、中国をめぐる国際事情がいろいろ緊迫気味だけど、世界各地ではさまざまな分野に中国資本が侵出している。それはホテル界も同じで、気がつけば、そこもここもみんな中国資本って感じになってきている。そんなわけで、今回は、いまの中国のホテル界事情がどうなってるか、みてみたい。
 中国の場合、いわゆる個人が起業した私企業と国営企業のふたつがある。
 まず、私企業の場合だが、中国というお国柄、彗星のごとく登場してわが世を謳歌したと思ったら舞台は一転して暗転、一寸先は闇という例がやたらと多い。
 ウォルドルフ=アストリア・ホテルの今でも書いたけど、アメリカの名門ホテルを次々に買収し、ニューヨークの「ウォルドルフ=アストリア・ホテル」まで手に入れたのに、ある日突然、ぜんぶ国に取り上げられ、挙げ句の果てに逮捕されたのは、安邦保険集団の呉小暉氏ことミスター・ウー。彼の場合、そもそも成り上がる過程で使ってきた「この印籠が見えぬかぁ〜」という黄門様の印籠は、妻が鄧小平の孫娘だということだったが、権力闘争の構図が変わったことで最終的に逆にマイナスに働くことになってしまったケース。
 そして、かつてヒルトンの25%の株式を取得して一躍世界のホテル界にその名を知らしめた海南省を拠点としていた海航集団(HNA)の場合も、2017年にはフォーチュン・グローバル500リストの170位にランク入りして世界各地でホテルチェーンの買収話となると常に名前が挙がっていたのだが、2018年、共同創業者&会長の王健氏が、南仏を旅行中、謎の事故死を遂げ、今年の1月には破綻した・・・。
 とりあえずなんだかんだとサバイバルしているのは、中国の『ホテル王』と呼ばれる男でも書いた、ホワズー・グループ(華住集団有限公司)の創業者&CEO、JI Qi 季琦氏。同グループは中国国内の350以上の都市で3,000軒を超えるホテルを所有経営しており、世界第12位の規模。季琦氏も、2020年のフォーブス誌の「チャイナ・リッチ・リスト」で178位にランクイン。彼みたいな完全なセルフメイドマンってのはやっぱり中国でも珍しいね。まあ、ジャック・マーの例もあるし、あまり突出しないよう目立たないように努めてきたようだけれど、さて、これからどうなるかってとこだね。
 次に、国営企業グループ。
 いま中国最大のホテルグループと言われているのは、上海に拠点を置く錦江(ジンジャン)インターナショナル。上海の名門ホテル錦江飯店和平飯店(フェアモント・ピース・ホテルのオーナーでもあるけど、この会社は2003年に上海市人民政府が設立した国有企業。上海は中国のなかでも特殊な存在で、特別行政区として大きな自治権を持ち、他の省より格上。長い間、江沢民氏の支配下にあったけれど、昨年7月、上海市のトップについたのは習近平国家主席の側近で「習軍団」のメンバーと言われる李強氏。上海の勢力図がこれで大きく変わったと言われている。
 中国という国は、ちょっと外から見ているだけではわかりにくいんだよね。まず、中国という国の “利権” を握っているのは次の3つだってことがわかってないと、いろいろなことが理解できない。
 まず、「党」(共産党)。
 次に、「軍」。
 そして、「省」というほかの国でいえば「国」のような大きな力を持つ地方の自治体と、上海のような特別行政区。
 これらの3つで利権を分け合っているのが中国の現状だ。
 上海のあるホテルで「このホテルのオーナーはどこ?」って聞いたら、「軍です」って返事が返ってきたことがあるけれど、まあ、オーナーである「軍」にとってそのホテルは外郭団体のようなものだね。

さて、今の現状は?

 「錦江(ジンジャン)インターナショナル」が、どこと(誰と)どうつながっているのかはよくわからないけど、ここ数年、海外のホテルグループを次々と買収してきている。2015年にフランスのルーブル・ホテルズ・グループをアメリカのスターウッド・キャピタル・グループから12億1千万ユーロ(約1,600億円)で買収。同年9月にはキーストーン・ロッジング・ホールディングス、2019年にはラディソン・ホテル・グループを買収。フランスのアコー・グループにも投資している。
 そんななかで、まだ粒は小さいながら若手のホテリエたちも登場してきている。そのひとつが、香港を拠点にするユーラン・グループ。創業者のジャスティン・K・F・マ氏は、英国の全寮寄宿学校を卒業した後、アメリカのサンフランシスコ大学でホスピタリティー・ビジネスを学び、建築に興味があったのを生かしてホテル会社を起業した。今月、香港にフラッグシップホテルとなるジ・アクラ・ホテルを開業した。
 中国本土でも、彼のように欧米に留学し、海外経験も豊富で、建築やデザインに興味がある若者たちがホテル界に参入してきている。まだ大きな勢力になるには至っていないが、インドのOYOリテシュ・アガワル氏がそうだったように、そろそろ若い力が世界のホテル界に躍り出てくるのではないかと僕は期待している。
 僕がはじめて中国に行ったのは1987年の夏。天安門事件が起きる2年前で、中国が開放政策をどんどん進めていた頃だった。北京では中国で初めての外資系ホテルという「ホリデイイン北京」に泊まり、このホテルの中だけは白人ゲストばかりでまるで租界のようだったが、上海で泊まった「和平飯店」「錦江飯店」は老朽化したままあちこちに埃がたまっているような状態だった。その後、訪れる度に中国のホテル事情は大きく変わって行ったが、同時に、世界各地の街角で出会う若い中国人旅行客たちも変わってきた。外の世界を知った彼らがこれから中国のホテルをどう変えていくのか、楽しみだ。

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