ビバリーヒルズで育ったホテリエ、サム・ナザリアン <前編>

Sam Nazarian (C)Yangsen

 ヤンセンです。

 ニューヨークで僕が個人的に好きなホテルのひとつが、マディソン・アベニューからイースト37丁目をちょっと入ったところにあった「モーガンズ・ホテル」。残念ながらコンドミニアムに転用するとかで4年前にクローズしちゃったけどね。
 ライムストーンのファサードのさりげない外観のホテルなんだけど、一歩なかに入るとそこはギンギラギン(挑戦的って意味でね)。1984年にオープンしたときは、ちょっと衝撃的だったね。
 フランス人女性デザイナー、アンドレ・プットマンが手がけた、当時としてはかなりぶっ飛んだ ”ホテルらしくない”斬新なインテリアデザインもすごく新鮮だったけれど、そこに集うクリエイティブな人々が独特のアンビアンスをかもしだしていて、僕にはすごく印象的だった。気張ったところや気負いはなく、ほどよい緊張感のなかでリラックスしてその場の「時間」を楽しんでいる。別に言葉を交わすわけではないけれど、ゲストたちの間ではお互いに「この感じがいいんだよね!」と通じ合う、同じ価値観を共有する者どうしの連帯感みたいな感じがあったね。
 ひとことでいうと、ホテルらしくないホテル。これまでのホテルとはまったくちがう、「ブティックホテル」という、新しいホテルのスタイルの登場だった。

イアン・シュレイガーのホテルグループを買った男

 この「ブティックホテル」の生みの親、コンセプトメーカーでありプロデューサーが、イアン・シュレイガー氏だ。今の若い人たちには、あのエディションホテルをつくった人、って言った方がわかりやすいかもしれないね。もともとはニューヨークの有名なディスコのプロデューサーだったんだけど、今までのホテル界の既成概念をぶち壊して初めてつくったホテルが「モーガンズ・ホテル」だった。
 その後、フランス人デザイナーのフィリップ・スタルクと組んでタッグマッチで次々に生み出したホテルはいつしか「デザインホテル」と呼ばれれるようになり、ホテル界の新しいトレンドとして広がっていった。旧スターウッド系のWホテルとか、いまはどこでもやってるライフスタイルホテルとか、みんな元をたどればここに行き着く。
 そのイアン・シュレイガー氏の「モーガンズ・ホテルズ・グループ」が買収された、というニュースを僕が聞いたのは、今から5年前、2016年のことだった。ちょうどニューヨークにいた時で、トライベッカのグリニッジ・ホテルの「ロカンダ・ヴェルデ」で朝飯食べてたら、隣のテーブルでパワーブレックファストしてたダークスーツの奴らの話が耳に入った。
「エスビーイー がモーガンズ・ホテルズを買収するらしいよ」
 エスビーイー? ってどんな会社だ?
 さっそく iPad で調べてみたら、エスビーイー sbe社とは、サム・ナザリアンという40才くらいのイラン系アメリカ人が経営する会社だった。すでにSLS ホテルズなど自前のホテルチェーンも持っているが、そもそもはナイトクラブの経営からレストランやホテルへとビジネスを広げてきたらしい。この辺はイアン・シュレイガーと歩んできた道は似ているようだ。レストラン経営に際しては、日本人板前の上地勝也と組んで「カツヤ」ブランドで展開している。うーん、ここはロバート・デニーロ松久信幸のビジネス手法と似ているな。なんて思いながらも、ちょっと気になった男だった。
 いちおうウィキペディアでもチェックしてみたところ、幼少時にイラン革命のため一族でアメリカに亡命してきたイラン系アメリカ人の男で、ビバリーヒルズ育ち。叔父さんがアメリカでも有数の富豪。妻は元モデル。と、裕福なファミリーの資産をバックに派手なことをちゃらちゃらやってる男だけど、まあ、すぐに消えるかな、くらいに思ってた。
 ところがその後、2018年にアコー・グループsbe社の株の50%を売り、2020年にはすべてのホテルブランドの使用権をアコーに渡し、同社とパートナーシップ関係に入ったというニュースを聞いたときは、ちょっと変わった奴だなぁと思ったね。
 そして、つい先日、8月2日、ロンドンにモンドリアン・ショーディッチがオープンした。「モンドリアン」といえば、旧モーガンズ・ホテルズ・グループのホテルブランド。このブランドをロンドンで復活させた。
 というわけで、もう一度、彼のことをちゃんと調べてみることにした。

 <後編>に続きます。

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