ホテルルポルタージュ

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実にマリオットらしからぬ、マリオット家の内輪揉め

 ヤンセンです。  ひとつ前の記事で、マリオット・カルチャーのベースになっているのは、モルモン教の清く正しく生きましょう!的な世界観であると書いた。 が、だからといって、みんながみんなそうであるわけではない。創業ファミリーであるマリオット家においても同様で、同じ両親のもとに同じ血を引いて生まれ、同じ環境で育った兄弟といえども、はみ出る子どもも出てくる。 現会長の二代目、ビル・マリオットには3人の息子と娘がひとりいるが、次男とはひとまわり年下の末っ子、デイヴィッドが三代目を継ぐことになっている。なぜ、そのようなことになったのか。長男のステファンは、障害をもって生まれた(52才で死亡)ため、最初から跡継ぎの候補からははずれていた。ところが、期待が一身にかかった次男のジョン君が、一家にとっては問題児だった。 すったもんだの末、ジョン君が実の父親と叔父に対して訴訟を起こすところまでこじれた。 「悪いのはパパだ!」  2018年1月、ワシントンの地元メディア「Washingtonian」の記事『マリオット家の内乱』で、ジョン君は告白している。マリオット家においては、モルモン教
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I.M. ペイ が作ったニューヨークのホテル

(C)Yangsen ヤンセンです。  ↑ この、人を喰ったような爺さん。この爺さんこそ、ニューヨークのど真ん中に住み、パリもロンドンも東京も、世界をガリガリむしゃむしゃと喰っちまった爺さん、建築家の I.M. ペイだ。 一昨年、102才でこの世におさらばしたが、最後まで、世界の建築界でドドーんとした唯一無二の存在感を持ち続けた。 実は「W大阪」がオープンしたっていうんで、Wホテルのことでも書こっかなぁと思ってたんだけど、安藤忠雄が監修とか言ってるけど、なんつーか、スケールが小せぇんだよなぁ・・・って思ってたときに、鮮やかに思い出したのが、I.M. ペイ。 僕が彼に会ったのは、1993年秋のことだった。 彼が設計を手がけた「フォーシーズンズ・ニューヨーク」がオープンしたのを受け、日本の建築雑誌から依頼を受けたインタビューのためだった。 いまではフォーシーズンズ・グループを代表するホテルみたいに言われてるけど、そもそもあのホテル、「リージェント・ニューヨーク」になるはずだった・・・。まさに、日本のバブルとバブル崩壊を象徴するホテルなんだな、コレが。 バブルの時代、一
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イアン・シュレイガーが歩んできた世界

(C)Yangsen ヤンセンです。  デザインホテルという新しいホテルのジャンルをしめす言葉が、ホテル界で使われはじめたのは1980年代後半のことだった。今や、昔むかーしのことになっちまったがね、ん。 そのきっかけとなる「モーガンズ・ホテル」を1984年、ニューヨークに作ったのがイアン・シュレイガーだった。昨年10月にオープンした「東京エディション虎ノ門」のホテルブランド「EDITION エディション」をマリオットと組んでつくった人、と言った方が、若い人たちにはわかりやすいかもしれない。 上のイラストは彼が50代頃の写真をもとにして描いたんだけど、あらためてじっくり写真を見てみると、この男、オールラウンドな総合力があり、人間的な安定感がある。時代をつかみ、多彩な才能をまとめあげていく総合プロデューサーにはぴったりの資質だ。 シュレイガーは、ニューヨーク・ブルックリンでユダヤ人家庭に生まれ育った。父親は婦人服の縫製工場の経営者というから、おそらく金には困らないで育ったのだろう。ユダヤ人の男にとっては存在が非常に大きい母親(超マザコンが多いんだよね、って、当の本人たちがそう
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「タイのホテル王」と呼ばれている男

(C)Yangsen ヤンセンです。 「タイのホテル王」と呼ばれている男、ウィリアム・ハイネッケ氏。68才。マイナー・インターナショナル・グループ(MINT) というタイの企業の創業者&会長だが、その男、タイ人ではあるが、タイ人ではなーい。 ん? って、どういうこと? って、つまり、アメリカ生まれの生粋のアメリカ人なのだけど、43才の時に米国籍を捨てタイ国籍を取得したってこと。 タイでは有名人で、自身がオーナーでもある「ザ・セント・レジス・バンコク」のバンコク市街を一望できる高層階の部屋に住んでいる。 日本ではほとんど知られていないハイネッケ氏だけど、年齢が高めの方々にはロッキー青木の鉄板焼きレストランチェーン「ベニハナ」を買収した男、というと、ああ、あの両手に長い包丁もってチャンチャンチャカチャンと踊るシェフがアメリカ人に大人気だった、あの「ベニハナ」ね、とちょっと親近感がわくかもね。 ホテルジャンキーには、アマンリゾーツから石もて追われたエイドリアン・ゼッカ氏が捲土重来で立ち上げた「アゼライ」ブランドの第一号ホテル、ラオスの「アゼライ・ルアン・パバーン」(現
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ウィーン「イラン核合意交渉」の舞台になってる3つのホテル

(C)Yangsen  ヤンセンです。  ん、なんかいま国際情勢、いろいろ動いてるけど、ウィーンでは「イラン核合意交渉」やってるね。イラン、アメリカに加えて英仏独中ロ5カ国の代表団がウィーンに集まってるわけだけど、ところでみんな、どこのホテルに泊まってるんだろ? ってことで、調べてみた。 イラン代表団が泊まっているのは「インターコンチネンタル・ウィーン」客室数459室。1964年、インターコンがパンナム傘下にあった時代に開業したホテルだ。思えば、アメリカ人が第二次世界大戦後、我が世の春を謳歌していた(デカイ面していた)時代だったね、その頃は。 アメリカ代表団が泊まっているのは「グランドホテル・ウィーン」客室数205室。1870年開業の老舗ホテルでかつては【ウィーン社交界の中心】と言われたホテル。第二次世界大戦後はオーストリア政府の所有となり20年あまりIAEA(国際原子力機構)の本部になってたんだけど、バブルの時代、全日空が買収し1994年に「ANAグランドホテル ウィーン」となった、というあのバブル象徴のホテル(2002年に売却)。 5カ国の代表団が泊まってるのは「ホテ
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サッカーのロナウド選手は、ホテルチェーンのオーナー

(C)Yangsen  ヤンセンです。  クリスティアーノ・ロナウド・ドス・サントス・アヴェイロ。 って、長ーい本名でいうと誰だかわかんないけど、サッカーのロナウド選手のことね。 彼がオーナーのホテルが、今日、マドリッドでソフトオープンした。 「ペスタナ CR7 グラン・ヴィア・マドリッド」っていう名前で、元は老舗書店だった9階建の建物を買い取り、ホテルに改装したコンバージョンホテル。360度の眺望が開けたルーフトップバーや、サッカーの試合なんかをみんなで一緒に観戦して盛り上がれる「スポーツバー」があり、ロナウド自らユーチューブのホテルのPR動画に出て宣伝してる。 実はロナウド、このホテル一軒だけではなく、ホテルチェーンのオーナー。 ロナウドっていっても日本ではサッカーファンは別にして、一般にはベッカムとかメッシほどには知られてないようだけど、ヨーロッパでは絶大な人気を誇っていて、彼がドリブルで鮮やかなフェイントを見せる度、シュートを成功させる度、アナウンサーはひとこと、こう絶叫する。「ロォ ナァーウ ドォーーーーーっ!」 ほかに何にも言わない。 とにかく、もう圧倒的な存
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ベッカム家も訪れた「アマン・スヴェティ・ステファン」がなくなる?

(C)Yangsen  ヨーロッパではそろそろヴァカンスの季節。ワクチンのおかげで各国の観光再開もすすんでいるらしい。友だちからは「今年はスペインにした!」とか「ギリシャへ行ってくるよ!」とか、サングラスやビーチパラソルの絵文字なんかを使ったメッセージが続々と届いている。 そこに、1通の暗いメッセージが届いた。ドクロマーク付き・・・いったい、どした?! 「アマン・スヴェティ・ステファン、予約入れようとしたら、今年の夏はオープンしないってサ。アマンからのメールには『5月24日からクローズしている。この夏はオープンしない。我々がコントロールできない事情によるもので、アマンはホテル運営ができないことになった。我々スタッフもショックを受けている。もし来てもらっても安全の保証ができない』なーんて書いてあったよ」 さっそく、アマンリゾーツの公式サイトを見てみた。ん? 今までどおり出てるじゃん。クローズしてるとか、今夏はオープンしないとか、そんなことはなんにも書いてない・・・。 どしたんだろ? アマンがあるスヴェティ・ステファン島っていうのは、旧ユーゴ時代に外貨稼ぎのために開発された高級リゾ
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世界の王室とホテル

(C)Yangsen ヤンセンです。  ちょうど今頃の季節だったけど、昔、ロンドンの「リッツ」の廊下でお付きをいっぱい連れたデュバイの王族におおげさに頭を下げて挨拶されたことがある。ちょうどロイヤルアスコット競馬の時期でね、世界各地から馬主たちがロンドンに来ていたんだな。「ジャパニーズ?」ってうれしそうに笑って聞かれたけど、思えばあの頃はまだ、世界における「ジャパン」ブランドの価値は高かったんだなー。今はもう見る影もないほど下落しちゃってるけどね、ん。 そういえば、ホテルにも投資している世界の王室ってけっこういたんだよなぁと思って、あらためて調べてみた。 まず、世界の王室っていったいどのくらいあるのかというと、26くらいあるらしい。なかでも有名なのはなんたって英国王室で、ロンドンのリージェント・ストリートなんかも王室保有で資産は約1兆円って聞いて、へぇ〜、すごいんだなぁと驚いたけど、いわゆる "金持ち度" でいうと、実は英国王室はそれほどたいしたことがない。ベスト10にも入らない。 すごーく大金持ちな王室ってどこ?  じゃあ、どこの王室が大金持ちなのか? 1位
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ハイアットってどんなホテルブランド?<後編>

  (C)Yangsen ヤンセンです。 <前編>の続きです。 実はハイアットっていう会社、2009年に株式公開するまでいわゆる非公開会社だった。どういうことかというと、ようは勝手に株の売買や譲渡ができない会社。知らないうちに株を買われて乗っ取られたり、経営支配権を奪われたりといったリスクを避けるために、あえて上場せず非公開にしている有名企業もけっこうある。日本でもサントリーなんかがそうだ。ハイアットの場合、オーナーのプリツカー家が銀行も持っているアメリカ有数のリッチ・ファミリーだったから可能だったということもあるけどね。 プリツカー一族について少し触れておくと、ハイアット創業者のジェイ・プリツカー氏の祖父母は、1880年代にロシアや中欧で多発した「ポグロム」と呼ばれる反ユダヤの「焼き討ち」を逃れ、1881年にウクライナ・キエフからアメリカ・シカゴに移住したユダヤ系ウクライナ人移民。祖父はアメリカで弁護士となり、その三人の息子たちも後を継いで兄弟で法律事務所を営んでいたが、ジェイ・プリツカー氏の父が不動産会社を起こし、シカゴを中心に不動産投資で成功した。彼の兄弟たちも事業
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ロバート・デニーロにとってのホテルビジネス

(C)Yangsen ヤンセンです。  サッカー選手でホテルビジネスやる人はけっこう多いという話はロナウド選手の記事のときに書いたけれど、俳優で実はホテルオーナーでもあるという人も多い。たいていが自分の趣味と実益を兼ねて一軒ばかりホテルを持っているってケースだけど、なかにはビジネスとして本格的に取り組んでいる映画スターもいる。 そのひとりが、ロバート・デニーロ、77才。 二度アカデミー賞を受賞したハリウッドを代表する俳優のひとりだ。 そして、バリバリの現役のホテリエでもある。 ニューヨークのトライベッカに「グリニッジ・ホテル」客室数88室を所有しているのはよく知られているが、それとは別に、寿司職人だった松久信幸氏と共同オーナーでノブ・ホテルズというグローバル・ホテルチェーンも展開している。 デニーロほどの超有名人だったら、自分の名前を前面に出したホテル展開しても良さそうに思えるけど、彼は自分は一歩さがって黒子に徹してる形をとり、ノブを表に立てる展開を選んだ。 その理由は … 今回、イラストを描くので二人のツーショット写真を見てよくわかったね。 まず、デニーロという人は非常
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