ビル・ゲイツとホテル

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 ヤンセンです。
 9月9日、ビル・ゲイツフォーシーズンズ・ホテルの支配権を持つオーナーになったというニュースが世界のホテル界を駆け巡った。
 これまでは、サウジアラビアのアル・ワリード王子との共同所有だったが、ビル・ゲイツが王子の持分の半分を買って、その結果、71.25%の株式を保有することになったというわけだ。
 いちおう、正確に言うと、こういうことだ。ビル・ゲイツの投資会社、カスケード・インベストメントの関連会社が、フォーシーズンズ・ホテルズ&リゾーツの共同所有者であるサウジアラビアのアル・ワリード王子の投資会社、キングダム・ホールディングから同社が保有する株式の半分にあたる23.75%を取得することで合意。その結果、ビル・ゲイツが保有するフォーシーズンズの株式は従来の47.5% から71.25%となり、事実上、支配権を持つオーナーとなった。売却金額は22億1千万ドル(約2,300億円)。ビル・ゲイツフォーシーズンズが1997年に株式公開した際に、アル・ワリード王子と共にそれぞれ47.5%ずつ株式を購入して共同オーナーとなっていた。当時の買収金額は37億ドル(当時のレートで約4491億円)だった。
 ようするに、今回のことで、ビル・ゲイツの独断と一存で、フォーシーズンズをどうすることもできる立場になったってことだ。
 現在、彼の個人保有資産額は推定1300億ドル(約14兆円)と言われている。今年の5月にゲイツ夫妻は離婚したので元妻への財産分与がかなりあるにせよ、なんせ、兆円単位の金を自由に動かせるビル・ゲイツがホテルビジネス界に本格的に参入したことは大きい。

ビル・ゲイツを変えたホテル

 「ホテルなんか、寝られて、インターネットがつながればそれでいいのに、なんでこんな高いところにするんだ?!」
 かつて出張先のホテルを手配した部下を怒鳴っていたというビル・ゲイツが、はじめて自分の意志で(というより、元妻メリンダの意志と思われるが)高級ホテルに泊まったのは、おそらく1994年1月1日に結婚したときがはじめてだろう。
 結婚式はラナイ島を貸し切りで行われ、当時は「マネレ・ベイ・ホテル」(現 フォーシーズンズ・リゾート・ラナイ)だった海沿いのホテルに隣接しているゴルフ場の、断崖絶壁にある12番ホールのグリーン上で結婚式を挙げた。
 1994年といえば、マイクロソフトがずっと背中を追いかけてきたスティーブ・ジョブスアップルと肩を並べることができた時期で、ビル・ゲイツ個人もフォーブスの世界長者番付で、この年から2006年まで13年連続でトップとなる輝かしき時代の始まりの年だった。
 一方、ホテル界も、それまでの時代から潮目が大きく変わる時だった。1989年にプーケット島の「アマンプリ」で彗星のように高級リゾート界にデビューしたアマンリゾーツがインドネシア・バリ島の「アマンダリ」「アマンキラ」「アマヌサ」の3軒に続き、モヨ島の「アマンワナ」、フィリピンの「アマンプロ」をオープンして独特の洗練されたアジアンリゾーツの世界を築き、高級リゾート界を一変させ、ホテルそのものを旅のデスティネーションとする “ホテルジャンキー族”という新しい種族を生み出した時期だった。
 同時に、フォーシーズンズリッツカールトンという、従来はむずかしいとされていた高級ホテルをチェーン化することに成功したホテルグループがぐんぐんと伸び、ホテル界を席巻しはじめた時期でもあった。フォーシーズンズは1992年にリージェントを買収することにより、リージェントが持っていた質の高いホテルを手に入れ、一気にグローバルでの高級ホテルチェーンの地位を確立した絶頂期。リッツカールトンもまた、アメリカで「リッツカールトン・サンフランシスコ」リッツカールトン・ラグナニゲル」などでホテルジャンキーたちの支持を得て、1993年には初のアジア進出で「リッツカールトン香港」(既にクローズ、現在ある香港の同名のホテルは別)をオープンさせ、高級ホテルブランドとしての地位を固めた頃。
 ビル・ゲイツが結婚式のために元妻メリンダとともに、ハワイ・ラナイ島の当時は知る人ぞ知るホテルだった「マネレ・ベイ・ホテル」に泊まったのは、そんな時代だった。
 ビル・ゲイツ夫妻の新婚旅行は、イタリアの地中海に面したリビエラのポルトフィーノ。小さな漁村だが、こここそまさに知る人ぞ知る、世界有数の超高級リゾートで、港沿いに軒を連ねるカラフルな小さな間口のショップはパリのサントノーレ通りの店よりも品揃えが洗練されているといわれるトップクラスの高級ブランドショップ、というところである。
 ここでビル・ゲイツ夫妻が泊まったのは、港を見下ろす絶景の丘の上にある「ホテル・スプレンディード」(現 スプレンディード, ア・ベルモンド・ホテル)。それまでは旅先でホテルそのものを楽しむということを知らなかったであろう(おそらく興味もなかった)ビル・ゲイツが、ヨーロッパの伝統と歴史ある名門ホテルが持つ圧倒的な力、人々を惹きつけてやまない魅力、言い換えると「魔力」というか「魔物」のようなものを知ったのは、このホテルを通してだったのかもしれない。
 彼はのちに、コートダジュールのニースきっての名門で、建物だけでも資産価値4億ユーロ(約500億円)と言われている「ネグレスコ・ホテル」のオーナーのマダムに「いくらでもいいから買いたい」と熱心に持ちかけた。マダムにはあっさり「ノン」と断られたけどね。

ビル・ゲイツだったら変えられる

 ホテルが持つ「魔物」に取りつかれた、功成り名遂げた人たちは多い。この僕の「地獄耳」シリーズでも書いたけれど、俳優のロバート・デニーロ、アメリカのオモチャ王で「フォーシーズンズ・ニューヨーク」などを次々に買ったタイ・ワーナー、サッカーのロナウド選手、テニスのジョコビッチ選手…数え上げればきりがない。
 そういえば、ビル・ゲイツの天敵というか、一方的に嫌われているとも言われるオラクルのラリー・エリソンもホテル界に進出している。しかもビル・ゲイツが結婚式を挙げたラナイ島を買い取って個人所有の島にした。最近は自ら立ちあげた「センセイ・リゾート」をチェーン化するなど、ずいぶんとホテルビジネスに入れ込んでいるようだ。ビル・ゲイツフォーシーズンズの経営権を握ったっていうんで、ラリーもどっかのホテルチェーン、買うかもね。

 さて、ビル・ゲイツはフォーシーズンズを買ってどうするつもりなのか?
 僕が思うに、もう一度、ビジネスの最前線に出て勝負したいっ!っていう気持ちがあるんじゃないのかね? ソフトバンクの孫正義みたいに。彼もいったん引退を表明したにもかかわらず、多額の違約金を払ってまでして再びトップに返り咲いた。
 早めに引退して、余生は影響力のある慈善家として、寄付いっぱいして、りっぱな人として生きて行きます、なんて絵に描いたようなことやってみたけど、やってみたら、まあ、簡単にいうと、つまらなかった…ということだったんじゃないかなー。
 そもそもビル・ゲイツという人は、一から自分で起業し、自分の勘を頼りにビジネスを大きくしてきた人間だ。自分の中のコアの部分に、自分の頭脳を駆使して、自分の力で何かを成し遂げたい!という抑えようのない事業欲のような本性を持っているんじゃないかと思う。それは、金や名誉なんかよりも、彼にとっては発情し、興奮するものなんだろう。それがまだ燃え尽きていないんだと思う。
 ある意味、離婚によって、タガがはずれたとも言える。それまでは、元妻メリンダによって軌道をはずさないようにコントロールされていた世界、まわりからも善意の慈善家だの篤志家だの言われイメージを作られていた世界に、ホントのところ、飽き飽きしていたんではないだろうか。そんなことよりも、もっとヴィヴィッドな、切った張ったのビジネスの世界、最前線に戻って、思う存分暴れて生きたいのだと思う。
 しかし、古巣のIT業界はすでに彼の手に負えないのが実際のところであることは、彼も熟知している。
 だったら、ホテルはどうだろう?
 フォーシーズンズの共同オーナーとして関わってきた中で、彼なりにもっとこういうふうにやってみたらどうだろうか、というような構想とか夢があるのではないだろうか、と僕は思う、というか、そう思いたい。
 ホテルを投資対象とみなし、短期的にしか判断できないファンドがオーナーとなり、老舗の名門ホテルが次々に売却され、資産ポートフォリオのためのホテルブランドの買収が行われ、現在のホテル界はホテルブランドもガタガタになってしまっているのが現状だ。
 しかし、もし、ビル・ゲイツのような人物が、本気でホテル界を変える気になったとしたら、それは不可能ではない。その、もしかしたら…に期待したい。

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