上田ホテル法律相談室

ホテルにまつわる法律問題を、ホテルジャンキー弁護士・上田さんがやさしい語り口でわかりやすく解説してくれます。

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上田正和
●弁護士・大学教授。
東京都港区に在住。夫婦そろってホテルジャンキーズクラブの会員。
海外の海のリゾートを好みますが,コロナ禍のため現在は行けないので,国内リゾートでのゴルフやスキーを楽しんでいます。
ひかり総合法律事務所・パートナー弁護士。

Room 001 @レセプション

ホテルに頼んだ宿泊ゲストあての伝言メッセージが届いてなかったそれによって被った損害はホテルに請求できるか?

【質問】
 海外からの大切な取引先のクライアントが宿泊したホテルでのことです。クライアントが到着する日のディナーはこちらで招待する約束になっていたので、私はクライアントが到着する前にホテルに行き、レセプションの担当者に、クライアントに渡してもらいたいことを告げてメモ(ディナーの場所と時間が記載されたもの)を預けることにしました。私からクライアントの氏名と用件を伝えたところ、担当者はきちんとした対応をしてくれたので、私はすっかり安心しました。
ところが、約束した時間を過ぎてもディナーの場所にクライアントは現れませんでした。念のためクライアントの携帯電話に電話をしてみると、チェックインの際に伝言はないのかと確認したが、ホテルのスタッフからは何もないと言われたので、1人で食事に出かけた、とのことで、とても不機嫌な様子でした。ホテル側に確認したところ、どうやらホテルのスタッフが別の外国人宿泊客の部屋に伝言のメモを入れてしまったということのようです。
その後のクライアントとの商談の際にもこのことが大きく尾を引き、私はクライアントから繰り返し嫌味を言われ、大切な商談はうまくいきませんでした。
 このようなケースにおいて、ホテルに対して損害賠償を求めることはできるのでしょうか?

【回答】
今回は、ホテルのレセプションに対して宿泊客であるクライアントへのメモを託したところ、ホテルのスタッフが誤って別の宿泊客の部屋にメモを入れてしまったことによってクライアントに大切な伝言が伝わらなかったため、商談が失敗に終わってしまった、というビジネス上とても残念な(取り返しのつかない)事例です。ホテル側に落ち度があるとして損害賠償を求めていくことができるのでしょうか。
ホテルに宿泊する場合、ホテルと宿泊客の間には宿泊契約が成立します。この宿泊契約により、ホテル側の落ち度によって宿泊客に損害が発生したときには、ホテルは宿泊客に対して損害賠償責任を負います(もっとも、すべての損害が賠償の対象になるわけではありません)。
ところが、今回のケースは、損害を受けたのはホテルの宿泊客ではないので、宿泊契約に基づく損害賠償請求はできません。
それでは、質問者とホテルは一体どのような関係に立つのでしょうか。両者の間に何らかの契約関係が成立していれば、契約違反を理由として損害賠償を求めていける可能性があります。
契約というのは当事者の一方の「申込み」に対して相手方がそれを「承諾」することによって成立します。【質問】のケースでは、質問者がホテルのフロント担当者に対して、クライアントの氏名を伝えてメモを渡してくれるようにとの依頼をすることは「申込み」に該当します。これに対して、ホテルの担当者が「承知しました。お預かり致します。」と述べた時点で「承諾」があり、契約が成立します。これによって、ホテル側にはその契約内容通りに履行する義務が発生します。履行の義務を果たさない場合には債務不履行となり損害賠償責任を負うことになります。
今回のケースでは、ホテル側はクライアントとは別の外国人宿泊客の部屋にメモを入れてしまったということですが、契約内容通りの履行がなされていないので、ホテルの損害賠償責任が発生することになりそうです。
 もっとも、ホテルの担当者は、宿泊客でない者(氏名や住所等の確認が十分には行われていないといえます)に対する好意やサービスというつもりでメモを引き受けたとされる可能性があります。また、仮にフロントの担当者に依頼したことによってホテル側に契約に基づく義務が発生したと考えたとしても、商談がうまくいかなかったことの責任までホテルに求めることは難しいと思われます。
契約違反(債務不履行といいます)に基づく損害賠償責任は、すべての損害について認められるわけでなく、損害賠償の対象は通常生ずべき損害(相当因果関係のある損害といいます)の範囲に限られます。そうでないと、特別の事情によって発生したすべての損害(とても高額になる場合があります)の賠償責任を負わせることにもなり、妥当でない結果となってしまいます。
このように考えると、クライアントにディナーの場所と時間を記載したメモが渡らなかったという事実だけで、商談が成功しなかったことによる損害賠償責任をホテルに負わせることは難しいといえるでしょう。
今回のケースでは、クライアント本人やクライアントの会社に事前に連絡を行い、ディナーの場所と時間を確認しておく等の方法によって、今回のような事態を避けることが可能であったと思われます。大切な商談の場合には、今回のような残念な結果を避けるためにも、事前にクライアント本人にメッセージが確実に伝わるように十分に配慮する必要があると思われます。



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