オモチャでホテルを買った男、タイ・ワーナー

(C)Yangsen

ヤンセンです。
 フォーシーズンズ・ニューヨークといえば、建築家のI.M.ペイが設計したことでも知られるニューヨークの名門ホテル。ニューヨークにコロナの嵐が吹き荒れていた昨年春には、パンデミックと闘う医療従事者を応援したいという “奇特なオーナー” の好意により、医療関係者にホテルを無料で提供したことでも話題になったニューヨークっ子にとっては誇りのホテル。そして、フォーシーズンズ・ホテルズ&リゾーツにとっては、チェーンを代表する大事な旗艦ホテルでもある。同社がリージェントを買収したとき「いただきっ!」とほくそ笑んだ価値ある財産のひとつがこのホテルだったのだ。
 ところが、この「フォーシーズンズ・ニューヨーク」がフォーシーズンズ・ホテルでなくなるかも・・・という記事が先日、ニューヨークの地元紙に出た。
 そう勘ぐられている理由とは、ニューヨークではコロナによるホテルの営業停止はいちおう終わり、営業再開をはじめている同クラスのホテルがほとんどなのにもかかわらず、「フォーシーズンズ・ニューヨーク」ではそうした再開の動きが一切見られないこと。ホテルのサイトには『重大なインフラとメンテナンスの作業のためホテルはただいま一時的にクローズしており、2022年までかかりそうです』と出ており、エントランスにはバリケードが置かれている。
 ホテル界の場合、ホテルのオーナーがホテルチェーンと契約してホテルブランドの使用権を得て、マネージメントフィーを払って運営を委託するのだけど、「フォーシーズンズ・ニューヨーク」の場合、昨春以来、一切の営業を中止しているにもかかわらず、フォーシーズンズ本社からは当初の契約にのっとったマネージメントフィーの請求が毎月あり、経営上は赤字が続いている。
  “奇特なオーナー” とフォーシーズンズ本社との関係はここ数年来、いろいろもめてたらしく、今回のコロナによってそれがさらに悪化したとみる関係筋もいる。
 そして、もうひとつ。 “奇特なオーナー” であるタイ・ワーナー氏が極上のホテルばかりを集めたマイ・ホテルチェーンタイ・ワーナー・ホテルズ&リゾーツを持っていること。
 タイ・ワーナー氏といえば、アメリカ人にとってはホテリエというより、オモチャ王の億万長者と言った方がわかりやすい。1990年代に大流行した小型で安価のオモチャのぬいぐるみビーニー・ベイビーなどを製造販売する世界最大のぬいぐるみメーカー、タイ Inc. のオーナー&会長兼CEOで、個人資産が35億ドル(約3,835億円)。「フォーシーズンズ・ニューヨーク」は大儲けした「ビーニー・ベイビー」で買ったホテルと言われている。
 「フォーシーズンズ・ニューヨーク」の最上階の52階には彼の名前をつけた「タイ・ワーナー・ペントハウス」という1泊5万ドル(約550万円)といわれる400平米のスイートがあるが、彼が1999年にこのホテルを買った際に、すでに引退していた建築家のI.M.ペイをわざわざ引っ張り出してきて、「 “最高” を知るトラベラーのための部屋を作ってくれ」と5,000万ドル(約55億円)の費用と7年の月日をかけて作った部屋。そんなにカネかけて作って元は取れるのかよ?なんて同業者には笑われてたけど、このホテルを世界最高のホテルにしようと思ったワーナー氏の冷静な戦略に基づいた宣伝の一環だと僕は思ったけどね。
 ワーナー氏は慈善家としても有名で、というか、とにかくことあるごとに派手に寄付しては商品のぬいぐるみと共に笑顔をふりまいている。じゃあ、いわゆる出たがりなのかと思えば、笑顔の写真を撮らせる以外、個人的なインタビューなどは一切受けず、徹底したマスコミ嫌いとしても知られ、そのプライベートは霧に包まれている。

で、この人って、どんな人? 

(C)Yangsen

 1944年、シカゴ生まれの76才。オモチャ会社のセールスマンだった父親とピアニストの母親の元に生まれた。ずっと未婚を通し、子供はいない。
 ひとことで言うと、まあ、トボけた男だね。今回、彼のイラスト描こうと思っていろいろ写真を探していたら、なんか、いつもおんなじとってつけたような笑顔でね。で、そんななかにメガネかけた写真が1枚混じっていて、これがなんというか、まったく別人のような表情。どういう写真なのかな?って見てみたら、脱税で逮捕された時のだった。うーん、ひとりの人間がこれだけがらりと表情を変えるっていうのは、ふつう、できない。二重人格といっていいのかどうかわからないけど、この人、自分のなかに完璧につくりあげた二つの世界を持ってるね。チャリティーの場でぬいぐるみ持って笑顔をふりまいているときは、商売用のキャラ。それも完璧に演じているって感じ。あ、プロフィール見たら、この人、若いとき、俳優志望だったことがあるらしい。だからキャラ化するときにもスッと入っていけるもかもね。
 でも、この人の「現住所」は脱税逮捕の時の、実に不機嫌そうな顔。でもって、まったく言い訳がないという顔、自分のやったことに一から責任持って、他人のせいにはしない。俺がドジ踏んだからこうなったんだよな、と納得してる。スッキリした感じがするね。そもそも誰も信じていないし、人生に思い入れもない。たぶん、この人の人生に無駄はないと思うね。そのときどき、要求されることを状況に合わせてやるって感じ。
 俳優の道を5年であきらめた後、父親と同じオモチャ会社に営業として勤めていたときも非常に優秀なセールスマンだったらしい。
 1993年にオモチャ製造会社、タイ Inc.を創業。 商品のぬいぐるみを、問屋を通して大型オモチャ店で売る従来の流通経路は使わず、独立系の小型のショップに小ロットで直売するという販売手法と独特のマーケティングセンスで売って大当たりし、ビーニー・ブームで1990年代を席巻する。ちなみに彼はインターネットを使った販売も他に大きく先駆けて参入したことでも知られている。
 そうして儲けた金を、彼は、ホテル、ゴルフリゾートなどに投資した。「フォーシーズンズ・ニューヨーク」をはじめ、ロス・カボスのラス・ヴェンタナス・アル・パライソサンイシドロ・ランチなど。一時はハワイ島のコナ・ヴィレッジも所有していた。
 ロス・カボスの「ラス・ヴェンタナス・アル・パライソ」に行った時にホテルの人が笑って話してたけど、ワーナー氏は来てすぐにここが気に入ったらしく、「ここ買いたい」というのでちょうど案内していたレジデンスの部屋のことかと思って「この部屋ですか?」と聞くと、「いや、全部だ」というのでレジデンス全部のことかと思ったら、「いや、ホテルも全部」。
 彼が目をつけたホテルというのは、いずれも通好みの極上のリゾートホテルばかりで、ホテル選びはなかなかいいセンスしている。実は、彼が生まれ育った家というのが、フランク・ロイド・ライトが設計したプレーリースタイルの家(現在、ピーター・ゴーン・ハウスとして知られている家)。もしかしたら、幼少期のそんな影響もあるかもしれないね。まあ、なんせ無駄がない人だから、価値ある資産ばかり選んでいるんだろうけどね。
 ウォルドルフ=アストリアホテルの今】でも書いたけど、いまマンハッタンでは、超高級コンドミニアムが大人気で価格も高騰中、しかも高額でもポンポン売れている。買い手は世界各国の富裕層たち。コロナでも儲けてる人は儲けてる。有名ホテル併設の超高級コンドミニアムが特に人気で、アマンリゾーツ五番街&56丁目にアマン・ニューヨーク客室数83室と併設したコンドミニアムを開業予定で売値は1,350万ドル(約14億8,000万円)から。5フロア占有のペントハウスは18,000万ドル(約200億円)で契約済み。
 となると、ワーナー氏も、その路線を考えてるのかもね。ペントハウスに世界的に有名な建築家のI.M.ペイが関わったことで資産価値はぐっと上がったし、フォーシーズンズ・ブランドもこれまで十分に使ってそろそろ償却済みってことかも。

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