OYO 創業者の、リテッシュ君が「ホテル王」になるまで

ヤンセンです。

さて、リテッシュ君は、いかにして世界で第2位のホテルチェーンを築きあげたのか。

(c)Yangsen

彼がホテルビジネスに目をつけたのは、19才の時、インド国内を旅した際に、遅れているホテル界の事情に接したことだった、という。

まず、彼が手がけたのは、ホテル予約サイト「Oravel Stays」の運営だった。
2012年2月にスタートしたこの予約サイトのターゲットは若者で、B&B やゲストハウス、大手の予約サイトでは取り上げないような小規模のホテルを対象としていた。

だからといって、もともとホテルビジネスをやりたいとか、ホテル王になってやろうとか、そんな気はなかったし、ホテル業界のこともよくは知らなかったと思う。

ただ、自分が得意とする IT を使って何かビジネスしてみたいと思っていて、そこにホテルをあてはめて、なんとなくやってみたら、けっこううまく行っちゃった、ってとこなんじゃないかと僕は思うね。

で、彼自身、ホテル予約サイトを実際にやってみて、利用者サイドのことやホテルのオーナーサイドの事情やニーズなどに触れ、はじめて「ああ、ホテル業界って、こういうとこなのか」って、全貌がわかったんだと思う。

ホテル業界の全体像が見えてきたところで、だったら、IT に特化して効率化、集約化してみようということで、2013年5月、ティール・フェローシップからもらった10万ドルの助成金で OYO Rooms オヨ・ルームス を立ち上げた。

ここからホテル運営ビジネスに入るのだが、やるにあたっては、「現状のホテル業界において手薄で、グローバルホテルチェーンが積極的に手を出していない客室数150室前後のリーズナブルな価格設定のバジェット・ホテルにターゲットを絞った」と彼はメディアのインタビューなどで語っている。

が、僕がみるに、そういうもっともらしい理由は後付けであって、実際には、自分の予約サイトに集まってきたネットを日常的によく使う若い層の人々にとって利用したいホテルが、150室前後のバジェット・プライスのホテルだった、ということだと思う。

つまり彼は、自分が熟知しているマーケットを対象にビジネスをはじめた。彼は合理的なモノの考え方をする人間だ。

OYOブランドの第一号ホテルは、首都デリーの郊外にある衛星都市グルグラム(旧称は グルガオン)にオープンした。ここはGoogle や IBM なども拠点を置くサイバー都市としても知られ、日本人ビジネスマンも多く住んでいるところだ。

OYO ブランドのホテルにおいて、彼は彼自身が旅行を通じて体験した現状のホテルにおける不便さ、アンカンファタブルな点を、従来のホテル業界の常識を一切無視し、徹底的に利用者目線で満足するようなものに変えた。それもリーズナブルな価格帯は維持して。
たとえば、部屋の清掃の徹底、快適なバスルーム、寝心地のいいベッドのマットレス、高品質のベッドリネンの採用、美味しい朝食、無料の Wi-fi など。
その結果、そうしたことにこだわりを持つ若者たちの支持を得た。
・・・と、ここまでだったら、「旧来の常識を変え、業界に新風を巻き起こした」くらいのホテル界ではよくある話なのだが、リテッシュ君の場合、これだけでは終わらない。
なにしろ、IT ネイティブのいまどきの若者である。
彼は、ITに特化し、ビッグデータを徹底して駆使し、独立系の小さなホテルのオーナーたちがスマホひとつでホテル経営をできるシステムを作ったのだ。
OYO のシステムでは、一日24時間、部屋の料金は需要と供給に合わせて随時変わる。常に、その時、最適な価格設定がされる。
部屋の清掃などの日々の運営についても、OYO が提示するスタンダードを限られた予算で満たすためにはどうすればいいのか研究し、そのノウハウをオーナーに提供する。
OYO にリブランドしてみたら、最初はチェック項目も多くていろいろめんどうだったけれど、いまでは運営もスマホひとつで楽にこなせるし、結果、儲かるんだよね・・・ということで、加盟ホテルが続々と増えていった。


こうして、OYO 設立後、2年あまりでアメリカを代表するベンチャー・キャピタル、セコイア・キャピタルなどから2400万ドルの出資を受け、2015年7月にはソフトバンク孫正義氏からも1億ドルの出資を受けた。


2016年には初めての海外となるマレーシアへ進出し、その後、ネパール、アラブ首長国連邦、インドネシアへ。2018年には中国、イギリスへ進出。


ここまでは順風満帆だった、というところで迎えたコロナ禍。ホテル業界も大変な時代で、リテッシュ君も危ないとか巷ではいろいろ言われているようだが、そうヤワな男ではないと見受けるね。

彼は「ホテル王」と言われているけれど、ホテル業界の人ではない、と僕は思う。

世界第2位のホテルチェーンとなった今、彼はこのままホテル業界の人となっていくのか、そうではなく、スターウッドの創業者バリー・スターンリヒトのように投資家としての道を歩むのか、あるいはもっと違う新しい道を作るのか、分岐点に立っている。

この若者が、これからこの難局の時代をどう泳ぎ、どう生き抜いていくか、実に楽しみだね。

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