ヨーロッパではそろそろヴァカンスの季節。ワクチンのおかげで各国の観光再開もすすんでいるらしい。友だちからは「今年はスペインにした!」とか「ギリシャへ行ってくるよ!」とか、サングラスやビーチパラソルの絵文字なんかを使ったメッセージが続々と届いている。
そこに、1通の暗いメッセージが届いた。ドクロマーク付き・・・いったい、どした?!
「アマン・スヴェティ・ステファン、予約入れようとしたら、今年の夏はオープンしないってサ。アマンからのメールには『5月24日からクローズしている。この夏はオープンしない。我々がコントロールできない事情によるもので、アマンはホテル運営ができないことになった。我々スタッフもショックを受けている。もし来てもらっても安全の保証ができない』なーんて書いてあったよ」
さっそく、アマンリゾーツの公式サイトを見てみた。
ん? 今までどおり出てるじゃん。クローズしてるとか、今夏はオープンしないとか、そんなことはなんにも書いてない・・・。
どしたんだろ?
アマンがあるスヴェティ・ステファン島っていうのは、旧ユーゴ時代に外貨稼ぎのために開発された高級リゾートで、開業は1960年。日本ではまだリゾートなんていう言葉が一般的ではなかった時代だ。
僕が初めて行ったのは1980年代の終わりだから開業して30年くらい経った頃だったけど、独特のアンビアンスが漂う不思議なリゾートだったね。島まるごと、かつての漁村のままのつくりを生かしてホテルにしていて、客室はその昔、誰かの住居だったり、店だったりしたところだから、レイアウトとかも変わってて、それがまたユニークでおもしろかった。
で、ゲストたちがまた一種独特の雰囲気。まず、みんな静か。あまりしゃべる人もいない。部屋の前の椅子に座って空を見上げたまま静止画のようにずっと動かない人なんかもいたね。なんというか、心身のデトックスしに来ているって感じだったね。
もともとは15世紀にアドリア海に出没する海賊の侵略を防ぐための要塞としてつくられた島なんだけど、その後、漁村になっていたのを、海に囲まれた要塞のつくりを生かして「プライバシーを売る」セレブ向けの超高級リゾートにした。それがパパラッチに追われて普通のリゾートだとくつろげないセレブとか政財界人たちに受けて、知る人ぞ知る隠れ家リゾートとなったってわけ。ソフィア・ローレンなんかは大いに気に入って毎年リピートしていた。
僕が特におもしろかったのは、島の突端にあった”定価がないヴィラ”。とりたてて豪華でもないシンプルなつくりのヴィラなんだけど、料金表には「お客様のご希望により料金を決めさせていただきます」とあるんだ。どの程度のプライバシーとセキュリティー、サービスを求めるのか、ゲストのご要望に応じてオーダーメイドでサービスをご提供します、というシステム。なかには「誰とも口をききたくないので、挨拶もしないでくれ。絶対に話しかけないでくれ」なんていうリクエストのゲストもいたそうだ。
そんなホテルがアマンにリブランドしたのは、2011年のことだった。あの独特な感じはアマンになるとなくなっちゃうんだろうなぁって思ってちょっとさびしかったな。
アマンになってからは、いまどきの「プライバシーを売りたい」セレブたちがこぞって訪れた。テニスのジョコビッチ選手が結婚式を挙げたり、ブラッド・ピッドやアンジェリーナ・ジョリーなんかも来てたね。
数年前には、ベッカム家も家族そろってここでヴァカンスを過ごしてた。ベッカム家といえば、プライベートジェットを使って年に何度か6人家族全員そろって世界各地の高級リゾートでヴァカンスを過ごすので有名。エルトン・ジョンのクルーザーに乗って一緒に南仏をクルージングしたり、マイアミ、南イタリア、ギリシャ、モルディブ、カリブ海のタークス&カイコスなど、世界各地のリゾートを巡っている。アジアではインドネシアのスンバ島「ニヒ・スンバ 」なんかにも行ってたね。
今いったいどうなっちゃってるの?
って、ことで、ちょっと調べてみた。
モンテネグロの地元紙をチェックしていたら、日刊紙 「Vijesti」がアマンについて記事を書いていた。今年の5月18日付の記事で、アマンの従業員たちが休暇を取るように言われているということを耳にした同紙の記者の取材に対して、従業員たちがこう答えている。
【5月17日の社内ミーティングで、この夏、ホテルはオープンしないと言い渡され、社員契約も打ち切られる予定だから、みんな新しい仕事を探すようにって言われた】
そこで記者がスヴェティ・ステファン島の借主であるアドリアティック・プロパティーズのエグゼクティブ・ディレクター氏に電話するも、電話に出てくれないし、メッセージを残しても一切返答がないんだそう。ん、世の中みんな、答えたくないときは電話に出ないものだ。
4月末の段階ですでに兆しはあったらしい。同国のミロ・ジュカノヴィッチ大統領が「アマンはモンテネグロを去ってよし!」というコメントを出したんだそう。
その理由は、アマンはスヴェティ・ステファン島の美しいビーチをホテルゲストしか利用できないようにし、過去10年あまり、地元住民は美しいビーチに入ることすらできなかった。さらに、島の住人たちが勝手にフェンスを解体して環境を破壊したり、不法に開発したりした、と。
うーん、なんか匂うね、突然そんなこといい出して。
で、このミロ・ジュカノヴィッチ大統領って、いろいろ疑惑ありの人でね。”彼が指揮するグループ” がアドリア海を渡ってイタリアへタバコを密輸していたっていうんで、イタリアの最高裁が、「彼はマフィアの指導者である」として逮捕命令を出した。ところが、モンテネグロではこの訴訟が保留になった。それで、アムネスティからも「かの国では司法が麻痺してる」と問題化された・・・っていう、まあ、そんな人。
そもそも、島の借主であるアドリアティック・プロパティーズってどんな会社?
ってことで調べてみたら、モンテネグロ人に帰化したギリシャのビジネスマン、ペトロス・スタティス氏がオーナー。この人、バルカンを舞台に不動産投資やホテルビジネス、金融、メディア、テクノロジー、食品業、とまあ、あらゆるところに手を出している投資家で企業家らしい。で、彼の会社であるアドリアティック・プロパティーズ社が、2007年に州のホテル会社 HG Budvanska rivijera と スヴェティ・ステファン島を40年間リースする契約を結んだ。
このペトロス・スタティス氏とミロ・ジュカノヴィッチ大統領との間でなんか問題でもあったんだろか。記事によると【ミロ・ジュカノヴィッチ大統領とスタティス氏はタメ口をきく親しい仲】だったらしいけど。金の切れ目は縁の切れ目だし、昨日の友は今日の敵だし。
実は、去年の8月、モンテネグロは旧ユーゴからの独立後はじめて、史上初の選挙による政権交代を実現したのだけど、その船出は困難をきわめ、新生連立政権も揺れている。
そんな状況のなかで、アマンが政争に使われたのか、なんかとばっちりを受けたのか、なんなのか、真相はわからない。
けれど、はっきりしていることは、アマン・スヴェティ・ステファンが5月24日からクローズしており、今年はオープンしないってこと。
アマンのオーナーのウラジミール・ドローニン氏、どうするのかな?
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